2021年2月6日土曜日

皆さまは20時以降はどうですか?

なんだかなあー

例の20時以降の外出自粛要請ですけどもね、

あら、?
20時頃に、
近所のドラッグストアに、日用品を買いに行ったんですが、お客さんが、1人!
うわー空いてるー

皆さん時間を守っているんですねぇ。

空いてるところに出向くことと、
混雑しているところに出向くのと
どっちが感染リスクは高いでしょうか?

人-人感染が騒動の一原因だというなら、時間で要請するのは、奇妙な話です。

皆さま、空いてる時間を観察して、自分で考えて、行動して下さい、と言えばいいのです。

え?
君たちは、愚民であるから、いちいち指示しないとだめだろう?

なるほど
政府は、私たち愚民の為を思い、わざわざ奇妙な要請や法案をこさえているのかも知れません。

私は、いちいち、お上に楯突くような、ファイティングポーズをとることは、しませんし、
愚民と言われても、
別になんとも思わないのですが、
ただ、
自分の頭で考えて
自分が行動するっていう
人間の基本みたいなものは、残して欲しいなあ、と思うのです。

いえいえ
わがままとかではなく、
例えば、国家存亡の危機や国民の生命の危機に直面したときにまで、
我が、我が、という気はありません。

ほとんどの人々が、
普通に暮らしている中で、
今回のような、奇妙な要請や制限がなされてしまうのは、
やはり、原理に無理があると思うのです。

20時前であっても、
わざわざ混雑してるところに、私は行きたくは無いですし、行きません。
そういう行動でいいのだろうと考えております。

ジェットストリーム

福山雅治のジェットストリーム

大沢たかおから代わり
どれくらい経つだろうか。

僕は、大沢たかおさんの声質や抑揚
いわゆる語り口は、
非常に好きだった。
また、
選曲も夜間飛行にはもってこいのセンスで、
大好きな番組だった。
小さな音量で音楽を聴いても快適で、
遠くの地に想いを馳せて眠りにつく。

コンサートにも行った。
CDも持ってる。


さて、久しぶりに福山雅治さんのジェットストリームを聴いた。
あぁ
最初に聴いた時と同じだ。
違和感ははっきりしている。
それは、選曲だ。
小さな音量で、
ベッドサイドで、
夜間飛行するには、
不適合なリズムや、ベース音や、特定の高音だけが強調されるような音楽、アレンジの曲、
何だろう?
気持ち悪い

眠りに入るのを阻害するような選曲群
これ
誰が選曲してるんだろうか?
または、音質をベースを強調しすぎてはいないだろうか?

やっぱり
福山雅治さんのジェットストリームは、夜に、小さな音量で、夜間飛行には適さない
不快なセレクションだ。

ならば、
松崎マコトさんの
静岡千歳便のラジオがいい。

2021年2月5日金曜日

予防接種を考える

さて、皆さんは、通常のインフルエンザの予防接種を受けたことはありますでしょうか?
私は、何回?何十回もあります。
子供のころは、学校で毎年受けてましたし、
あの頃は、強制だったのかな?
予防接種を受ければ無敵、
インフルエンザにかからないと言われていましたから。
社会人になってからも、割と受けていたと思います。
インフルになった時のダメージが大きいので、予防できるならそりゃ受けておこうという、何というか、保険のような感覚です。

しかし、今では
学校で予防接種を受けることは無くなり、
予防接種は、完全に任意であり、謳う効果も
「感染しても重症化しない」という程度で、
何だか、自信なさげです。

事実、予防接種の有効率は、およそ6割程度と言われております。

私も過去何度かインフルエンザに罹患しましたが、いずれも予防接種を受けていました。
で、たまたま受けない年には罹患してないという事に気づき、
今では予防接種は受けておりません。

まあ、ウィルスが変異を重ねるうちに、当初狙ったウィルス型から、変わる(外れる)訳ですから、予防効果が低下するのは、至って当たり前、当然です。
しかも、「狙った」ウィルスとは、研究者らが、まさに、狙ったウィルス型であり、まるで競馬の予想屋のような、又は占い(過去の実績の積み重ねから、未知の未来を予測)のようなものです。
って、まるで、

当たるも八卦当たらぬも八卦

なので、予防接種の有無にかかわらず、インフルエンザになる時はなります。
これは、要するに
自分の免疫力と感染機会への遭遇率によると思われます。

私が、過去インフルエンザに罹患したときは、いずれも
思い当たる節がありました。
ゲホゲホや、ぐったりや、具合の悪い人とかなり接近して過ごしたとか、飲食を共にしたとか。
で、実際に、彼らの調子が悪くなり、ほどなくして
(おおむね2日以内)に私も発熱して、はい!インフルだなあーとなる訳です。
もちろん病院で抗体検査を受けて確定されます。

発熱スピードは個人差がありますが、概ね早く高熱になります。
これは、体内の抗体が、早期に反応している訳ですが、
それほどに感染力も毒性も
風邪よりも高いということを示唆しています。

一部には、インフルと思って病院に行ったけど、インフルでは無いと判定されて、翌日再受診したら、やっぱりインフルだった、なんてこともあります。これは抗体が出来ていなかったか、検査の誤差(採取ミス)などが考えられますが、まぁ、そういう事もあるでしょう・・・・ってのが従来の考え方です。

一方、いわゆる風邪は、どうでしょうか。
その程度もまちまちで、咳が出たり、熱がでたり、
或いは鼻水、喉イタで、あれ?
ちょっと喉痛いなあ、とか思いながら、いつのまにか治ったなんてこともあります。
風邪の症状は広範囲であり、まちまちです。
いったいどこでうつったんだろう?
或いは、うたた寝して、寒気を感じて、
というキッカケもあるでしょう。

私が思うに、いや、この状況から推察するに、
風邪の原因ウィルスは日常に意外と蔓延していて、私たちは、
常時ブロックしているのではないか?と思うのです。
つまり、感染力は、インフルエンザよりも弱い、毒性も低い。
私たちのファイアウォールを超えてくることはほとんど無い。
無意識(自律神経?)に防御しているということです。

こう考えると、インフルエンザの発症症状はある程度特徴があり、
またその特徴があるために、誰から移ったというのが、分かりやすいというのもあります。症状もガクッと悪化しますし。
風邪もインフルも同じコロナウィルスでもずいぶんと特徴が違うな~という感じです。

昨今、PCR検査はゴールドスタンダードだ、などと発信し、推進している御仁がいらっしゃるようですが、これなどは、いわゆるスーパースプレッターという架空人物を見つけて早く隔離するということを狙っているようですが、ウィルスと先のファイアウォールの事を考えると、結局のところ、PCR検査でのあぶり出しは何の効果も無いと言わざるを得ません。

さて、
・インフルエンザ予防接種を受けても罹患してしまう事実
・同年に〇型、〇型、変異種と数度も罹患する人がいる事実
・予防接種を受けなくても罹患しない人がいる事実
・いわゆる風邪に至っては、なんだかわからないけど、風邪ひく人とひかない人がいる事実

風邪ひいて亡くなる人、インフルエンザで亡くなる人、それぞれ別の病気に移行する人、そもそも癌でさえ、最後は治療の過程で免疫不全からくる軽い風邪のようなものでなくなる方もいらっしゃる。

そういう事実関係を客観的に積みかさねていくと、新コロについては、インフルと同程度、或いは若年層の発症者が少ないということからすると、特徴的にはインフルよりもやや感染力は弱いと言わざるを得ません。ここで、こういう事実を前にして、なぜ専門家と称する人らが、今回の施策を継続して講じているのか不明ではありますが。

個々からは誤字脱字で行きます。
そんな中、新コロのワクチンを駐車するのは、どうでしょうか?わざわざ地検の住んでないないものを、健康な人にやる意味があるのか?これが事実上の知見だと言うなら、或いは壮大なる実権だというなら話は別ですが・・・・・。

年寄りを優先に得体の知れない枠珍を注入するのは、正直言ってリスクでしかないと、誰しも思うのではないでしょうか?
だって、年間に平成19年の統計では、65歳以上の死亡者数は、100万人くらいです。
この人たちは、コロナと関係なく亡くなった人数ですが、この方たちにもし枠珍を注入した場合、亡くなった場合に、はたしてこれが枠珍のせいなのか、たまたまなのか、枠珍のせいで、その病気になったのか、全ての因果関係を洗い出すことは不可能だと思うのです。
やはり、その安全性を確認するには、様々な条件を比較できるように、フラットかつランダムな検討ができるように配慮しなければなりません。
65歳以上という年齢としてはいつ何かの病気が発症してもおかしくない人も含まれますし、ましてや基礎疾患がある方にとっては、その後の自分のコンディションに変化が生じた場合に、これが枠珍のせいなのか、他の要因なのか検証のしようが無いではないですか。

今からそういう事が分かっているのに、そのまま突破しようとするのは、これは、科学者らは提言しなければならないと思うのです。私たち市井の者も意見を発するべきです。
それにしても、あまりにも、テレビの影響が大きいのだなぁ、と思うこともあり愕然とすることもあります。テレビや新聞の記事は、もはや正確性を欠くものも多く、論点をずらしまくり、挙句に戸クソ砲まで改正・延長されてしまいました。残念というか何というか・・・・・。

既に辛坊さんが予言しておりますが、
新コロ枠賃で、65歳以上の人がバッタバッタとなくなるはずです。果たして、年間100万人ベースは確実です。

2021年1月24日日曜日

整理しておこうっと。

 いろいろと整理すると、要するに、新コロは、

サーズの次世代的立ち位置で、サーズコブ2ってのはその通りだということ。


*今回の研究で決定された塩基配列は、NCBIのSequence Read Archive(SRA)データベースで、バイオプロジェクト・アクセッション番号PRJNA603194として登録され、利用できるようになっている。今回同定されたウイルスの全ゲノム塩基配列は、GenBankにアクセッション番号MN908947として登録されている。


とりあえず、塩基配列は登録されており、オープンされているが、同一の症状の人をチェックして、確かに、「これ」が見つかったから「これ」は「サーズコブ2でしょ」って少々乱暴すぎやしませんか?って。ま、後から思えば、あの時はああだった、こうだったというのが出てくると思うんですが、もう1年も経っているのに、もやがかかっているか、奥歯にものが挟まっているのか、そういう状況に見えるのは私だけ?

2021年1月23日土曜日

専門外ですけども(笑)

 昨今の騒動においては、お前は専門家(科学者として)か!?って言われることはありますが、もちろん、専門家ではありません(笑)

しかし、テレビの専門家よりは、広く情報を得ているし、専門外のことの経験はいわゆる専門家よりは豊富だと思います。

で、テレビや政府や自治体の専門家と呼ばれる方たちは、本当に、いわゆる「専門家」としての役割を全うしているのか?というとそうではないと思います。いや、実際には、優秀な専門家はいるはずですが、要所要所に酷い人がいるんじゃないか、と推察します。ところで、

専門家としての役割とは何でしょうか?

以前から、まぁ、このコロ騒動において言っていますが、専門家(科学者という意味で)というのは、その筋で、大変に勉強して、研究して、世のため人のために自身の研究結果を平易に社会に伝え、社会に貢献すること、人々に幸福をもたらすためにはどうするのか?という研究と社会還元と自身の人間形成を積み重ねていき、自分で考える力を持った人のことです。

「その筋の研究に詳しいだけ」というのは専門家ではありません。それは、クソなオタクです。

あえて、クソだなんて下品な形容詞を与えましたが、僕はオタクに対しては敬意を持っておりますので、「クソな」という形容詞を加え、オタクと区別しましたが。いや、クソとはさすがに下品ですので、ちょっとソフティケイトして「うんち」ということにして、うんちなオタクと呼びましょうか。