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2025年8月14日木曜日

組織のネコからトラリーマンに

そうなのです。
僕は犬とともに暮らし、生活では犬派ですが、
楽天大学の仲山さんの書籍組織のネコという働き方によれば、
会社の中で仕事をする僕の理念や行動は、

バリバリのネコ派です。

ネコ派っていうのは、そもそも変わり者と呼ばれてて、組織の中ではごく一部 1割くらいしかいないんじゃないかって思います。
だって、ここにいればごはんが食べられるのに、違うところに探しにいってみようとするなんて
留まろうとする人からしたらアホちゃうか?ってね。

でもね、この激動の時代に、しなやかに対応していくには、新しい情報を自分にインプットしつづけて、しなやかな行動を容認し、自らそれを進めていくという、そういうマインドが必要なんだと思う。
それができなきゃ終わりですよ、ほんと。

そこで、ネコはトラリーマンになれってことで、
そういう姿を若い子たちに見せて、自分の信念と仕事の価値、お客様への優位性の提供する価値が見えてくれば、ルールに従ってきた仕事をこなす、なんてロボットみたいな発想から脱却できると思っている。
いや、決してルールを守ることを否定しているわけではないんだ。
ただ、自動思考(そんな言葉があるのかしらないけど)みたいな思考の動きって
つまんないと思うんだよね。それは僕の価値観であり信念みたいなもので、
別にそれ以外を否定はしない。

犬派の人は僕がそういうと、自分が否定されたみたいな勢いで
ものすごい剣幕で、責め立てたり、糾弾したりするけど
そういうこと自体がもう面倒だし、エネルギがもったいないなぁ、
そのエネルギを新しいビジネスや、次に入ってくる新人たちが輝くには
どんな仕掛けがあったら面白そうとか、そういう気持ちになるんだよね。

それとこれとは別だ、ルールを守れ!

はい左様でございますなぁ。
と言いながら、僕は、ルールを守らないという選択をポジティブに選択する。

ロボットみたいな思想はロボットに任せればいいのだ。
僕たちは人間なんだから、人間らしくしなやかにいこうよ。って思うのだ。

2025年8月13日水曜日

諸行無常ってことだ

諸行無常のひびきありって習ったよね。
そう、それは、

・・・
 「諸行無常」とは、簡単に言えば「すべてのものは常に変化している」という仏教の教えです。 この教えは、物事や状況、さらには私たち自身の感情や考えが、常に流動的であることを示しています。 何もかもが一定の状態に留まらず、変化し続けるというこの概念は、仏教の根本的な見解を形成しています。
・・・

だそうです。

世の中は常に変化している。

当たり前といえば当たり前。それなのに、みんな自分がみたもの、インプットしたもの、自分の視点のみが有効化してるって勘違いしている。

昨日成功したから、今日もそれでいいじゃん。

うん、確かに。それも一理ある。
じゃ、その成功はずっと継続できるのか?
世の中が変わっても、その成功は、成功というポジションに留まれるのか?
そんなものは無いのだよ。断言する、そんなものはない
多くの「ビジネス」は昔からあるものさえ、今の状況に合わせて何らかのアップデートをしているのだよ。
そう、あくまでもビジネスの話。

文化とか伝統とか儀式みたいなものは別ね。

多くの経営者は、会社を継続するにはどうすればいいのか?

事業を存続するにはどうするのか?を考える。
このときに原理を忘れている。

昨日と同じことをやっていれば事業が継続できると勘違いしている。

違うんだよ、もっとペダルを回さないとダメなの、勢いつける、耐え忍ぶ
その状況に合わせてペダルを回し続けるために苦しくても採用活動を継続しなければならない。
卵が先か理論と同じで、人材不足だから人を採用するのではなく、事業を継続するために人を採用するわけで、不足だから採用ってそれは手遅れです。

余剰人員を雇い入れるくらいの利益を確保するために、人を入れて教育していくのです。その時は一時的には現役メンバーの負担は二倍以上になってしまうかもしれませんが、それは、これまで採用をおざなりにしてきた旧経営陣のツケです。
だから、アップデートしなければなりません。
しかし、そのアップデートを避けて、何とかいままで通りでやればいいじゃん、と
もし経営者がいうなら私はそれを、その考えを補正していく必要があり、それが私の役目だったわけですが、
さすがに、そこで合意形成できないとなると、
そう、私はここから去るのみです。

なかなかエグイと思いましたが、よくよく考えてみれば
自分の考え、信念があり、それにそぐわない、となれば、
それはサルのみです。去るです。猿です。

ま、自分が社長になるという手もあるかもしれませんが・・・・・
ここではもう無理ですね。

変わろうという気持ちのない者
ルールを守ることが絶対だという者
こうかもしれない、を否定し、こうあるべきだ、と固定化する
そんなメンバーと経営者がタッグを組んでいるのなら、
僕の出る幕はない。

それではどうぞ、発展を祈念します。

まずは、未来に向けて若い人を採用し、
口を開けて待っていればいいというモデルを打破し
自分の頭で考えて、自分の足で歩くということは
ビジネスにおいてどういうことなのかを、互いに探っていこう
ここから一歩進もうという企業に僕は転職します。

2023年5月19日金曜日

深夜特急 オンザロードが素晴らしい➡︎当たり前か(笑)


 深夜特急 オンザロードが面白い

斎藤工くんがすごくいい。まるで、彼の物語を聞いているようだ。

僕は、完全に彼の朗読の、彼が主人公の、ロードムービーの中に引き込まれてしまう。

毎日23時30〜のオンエアを必ずしもリアルタイムで聞けるとは限らないが、

ラジコのタイムフリー機能で、土曜日なんかにまとめて聞くことができる。


なんだろう、この薄暗い感じ、眩しい感覚、怪しげな感触は。

僕自身が多少の海外での旅の経験があるから共鳴しているのか?というと、

そもそも、この小説、沢木耕太郎が産経新聞に発表したのは、僕が小学生の頃の話で、

その時代に、この本がベストセラーになるくらい人々を魅了したというのは

旅の経験などではなく、明らかに人間の何かに共鳴させる何かが、

沢木耕太郎の文章には染み渡っているわけで、

それをあえて遠ざけていた僕が、今更おじさんの歳になってこれを

斎藤工くんの声で聞くってのは、なんだか不思議な感覚なのだ。

もし、これが僕が20代だったら、まちがいなく、旅に出ていただろう。

後先を考えずに。

後先を考えずに

それが許された、本当のゆるい時代

相対的な尺度が世間に設定されていることの、安定感の中でこそ

自由な電子がとびまわれるという事を、多くの人は理解していない。

本当の自由はこれだ!とばかりに、若者たちに

君たちの自由だ、好きにせよ、などという大人のなんと無責任なことか

若者を、宇宙空間にポンと放り出すような無責任を、大人も当の若者たちも

本当の自由なのだから、それこそが正解、正しい、ナイスなんだ、と

決めかかかっている。


答えなんてないんだよ。

わかる?


深夜特急 オンザロードが、答えのない世界を疾走する

暗闇の中を自由に移動する感覚を、どの瞬間から見出すかは、あなたの自由だ。

2022年8月14日日曜日

おおっと・・・・・


糸井さん、そりゃ、潜在意識の部分をもっと露呈させないと
要するに、腹を割って話さないと無理ですよ(笑)

上の糸井さんのコメントをそのまま流用するなら、僕なら
”いわゆる「ワクチン推奨」の考え方がしょうにあっている人がいるんだろうな。と。でも、こりゃちょっとヤバいかな、と思ったら、
「俺は打ちましたよ、世のため、人のため、家族のため////」とか言って
実は、ひっそりと、打ってないと云う事を心に留めておけばいいではないか。”

とね。

あのね、打ちたくても打てない人もいるんですよ。
打ちたくなくても打たざるをえなかった人もいるんですよ。
糸井さんのような複数視点を持った
コピーライティングの神様のような人が、この程度の認識だとは思えないけど、この程度のツイートは、ダサすぎる(笑)

二元論にハマったら危険ですわ。世の中は二元論ではないんです。
でも、私たち市井の者が論じるときに、いや、世論を誘導するときに、
二元論は有効なんですよね。しかも、あちこちに弁証法の軸が設定されている。
そして、巧妙に二重、三重の縛りが仕組まれている。

「命を大事にしよう」と「ワクチン接種」を同時にキャンペンした際
これに反対すると、「お前は命を大事にしないのか!!」と責められる訳ですね。
これ、いわゆる毒親や人格障害の類、あるいは人心操作に長けた者のやり口です。

そういうロジックを理解していれば、別に、ああ、また、変なこと言っている奴がいるなぁ、というだけですが、
これが、世間に浸透すると、本当に面倒なことになってしまうのです。

外的要因の数々によって浸透させられた世論誘導を内部の1粒から変化を起こすというのは、もはや不可能。

アーミッシュのように、離れたところにポツンと暮らすという方法もあるが、
あとはネットワーク型で所々のグラデーションを変えていく戦法しかないだろうなぁ。

オセロで白黒反転だけしゃなくて、黒に近いいグレーやクリーム色っぽい白とか、
グラデーションに着地させる。
遠目で見たら、それは世論という曖昧な空気の変化に繋がるのだと思う。
しかし、これ、相当の時間がかかるだろうなぁ。

2022年7月7日木曜日

FIRE ONEDAY BLACK is cool

このコーヒーの素晴らしいところ

600ml
ぬるくても美味しいという設定
で、実際、デスクで1日かけて飲む。

600にしたのも、室温で飲むのも
マーケティングの仕業だろうなぁ。


 

2022年7月6日水曜日

思考試行錯誤

何の意味があるんだ?

意味の無いものは無いです、沢山の意味があります。

2022年7月2日土曜日

デザイン思考

今さらデザイン思考

そう、今さら。
というか、わざわざとお避けていた節もあったわけだが、
「デザイン」と云う言葉は、実は論理的だったり、科学的だったりするわけで、
そういう側面があるのに、素通りしていたんだよね。
今回、強制的にというか、自らというか、そういう思考にチャレンジすることになった。

物事を特定のロジックをもとに考察する。
その際、最も難しいのは自分の感情、経験、諸々の配分をどのようにコントロールするのか、ということ。
これが難しい。

今さらデザイン思考

この歳になっても気づかされることばかり。


ビデオレンタル、
DVDレンタルが活況だった時代、
そのユーザにどうなれば便利ですか?って聞いたら、
自分のアパートの下がツタヤだったら、とか、
DVDの返却が簡単だったら、とか、そういう視点しか無かった訳だ。
事実、ツタヤは返却ボックスでそれを対応しようとした。
そして、深夜まで営業していたり。

で、どうなったか、通信環境と映像がデジタル化されたことと、機材の対応により
今は、ネットで配信されている。しかも、サブスクリプションだと。

ユーザの意見は、今を知ることはできるが、
未来を推察することはできない。それには別の考察が必要な訳。

こういう事象を分析する論理がすでにあって、それらを含めてそのプロセスをデザインする。
これをデザイン思考と呼ぶわけね。
実に面白い。
これ、学校でこういう授業やったら、めっちゃハマるなぁと思う。
マーケティングなどもそういう手法を使っている訳で、そりゃ、仕掛けがある訳です。

最大効果を狙う、損失を最小にする、成長を最大にする
こういうことをやろうとすると、
そんなことやっても無駄だとか、意味ないとか、そういうマイナス思考の発言をする奴は、正直言って、面倒な訳。
失敗した時に、ほれ見たことか、とか、結果を批判する。
どうせできる訳ない、で、出来なかった者を批判する。
どうやったら出来るのかを考えよう、という発想にならない。

嫌なら辞めろ。という本が昔あったと思うが、その本を渡したいね。
文句ではなく、意見やプラン、論理を言えと。
感情に生きているやつとは、できるだけ関わりたくないものだ。

同じ場所に留まって生きるという道もあるだろう。
でも、僕は、大変でも新しい領域にせめてつま先だけでも動かして
数センチでも動き出そうよ、未来のために、後輩のために。

2022年6月7日火曜日

さぁ、投資しよう!

 政府が、投資を!と言っている。
もう、前にもあったけどさ、また言ってるよ。
年金の払い出しを遅らせることや、自分で積み立てて、利益を出せと言ったり。
どんどん攻めて投資しないと、老後に必要な資金は貯まりませんよ、と
煽る
煽る
この煽りにみんな違和感を感じているから、
個人積み立て年金の投資において、
攻めの投資をしている人たちは、せいぜい1割だ。(私のしっているグループ)

経済の原理で言えば、誰かが儲かれば、誰かが損をするという原理で、
どんどん攻めて儲けろっていう感覚は、我々日本人にはどうにも馴染めないんだと思う。
そして、馴染めないという感覚を、この経済システムを構築した馬鹿人には理解できないのだと思う。
だから、非課税にするとか、餌をあげるわけね。
もちろん、
それは自由だ。
好きにすればいい。
でも、そういうものをやりながら、サステナブルとか、SDGsとか、
しょーもなことを言っている人がいたら、正直言って
「うわー、この人とは、話は 交じわう点はないなぁ_____」と。
持続可能な、とかそれの行き着く先は、共産主義だ。
投資(商品)を牛耳っている、設定している勢力は、どこなのか?
投資者が得しようと損しようと関係なく、得する勢力があるということ
そもそも、詐取システムに組み込まれているということをどう考えるのか。
新資本主義と共産主義(人類皆兄弟というやつのもあったな)という設定自体が、
怪しい話で、誰が、そんな二元論のどんぶりテーマを当てはめられたことで、
私たちは、盲目になっている。

多くの市井に暮らす者は、目の前のことにしか、解像度は高くないので、
やむをえないが、少しずつ視点をずらしていくと、しょーもな、ってことが
あちこちで起きていて、まぁ、茶番劇が今日も起きているわけで、
そういう視点を持つと、
政府が、「投資しよう!」っていうセリフは、気持ち悪いの一言だ。

おそらく、成功事例をどんどん紹介するはずだ。
そして、実際に、投資に成功する商品群が注目される提灯番組やCMや記事が登場する。
そして、大半が、儲かる。
そう、あの時と同じだ。バブル崩壊前夜。
もう、みんな忘れたんだろうな。
どんどん、お金のある人は投資しよう!
ある日、ドーンと暴落する。資産価値は、消失する。

そもそも、増えたと思ったものは、誰かの損失を増大させたものだろう。
自分が茶番の片棒を担いているなんて、正直笑えないでしょ。

2022年6月5日日曜日

世の中には、あんぽんたんも、一定数存在するのだ。

 
男なんだから頑張れ

社会人なんだから頑張れ

管理職なんだから頑張れ

社長なんだから頑張れ

政治家なんだから頑張れ

まぁ、これらの表現は、僕自身は「あり」だと思う。
なぜかというと、その立場、役割において、どうしてもやらなければならない事があるはずで、それは、身体的特徴かもしれないし、経験や立場による違いかもしれないけど
その状況において、頑張れっていうのはありだ。

でもですね、相手の気持ちを考える事が出来ない人や、自分に置き換えたり、自分の頭で考える事が出来ない人は、
概ねこう言うのだ。

○○のくせに、何やってるんだ!?

○○のくせにそれでいいと思っているのか?

こういうしょーもない問いかけをする人がいる。
はっきり言おう、こういう人は 
あんぽんたんというのだ。あんぽんたん(笑)

にも書いたが、
○○で良いと思っているのか?という問いかけは、
実は、yesと言ってもnoと言っても、ドツボにハマるように構成されているのだ。

これを二重拘束、ダブルバインドという。

相手に、怒りをぶつけるのが上手はあんぽんたんは、
だいたいこういうロジックを使う。

引っかかってはいけない。
相手にしてはいけない。
こういう輩についつい、引っかかり、ざわつきますが、
放っておくしかありません。

本人が、自分自身がドツボにハマっていることを理解し、
脱出してくれるしかないのです。
本人が変わるしかないのです。

他者が変えようなんていう試みは、気持ち悪いと思いますわ。


やってみるのも良いのではないか?

やったことない
未経験な事にチャレンジするのは
なかなか大変だと理解している。

もちろん、
チャレンジしないという選択肢もある

この先に、
チャレンジすることで見えて来る世界があるのも事実。

チャレンジしている人を
チャレンジしない奴らが非難する。

非難するやつは、
大概は大きな主語を使い、
自分を議論から、除外する。
自分だけを安全圏に避難させ、  
ときには、人格攻撃したり。

そういう奴は、一言で言えば
無責任の塊。
そして何でもよこせ、の
クレクレタコラ


目の前に、自転車がある。

自転車で、転んだらどうすんだ?
痛かったらどうすんだ?  
事故ったら、どうするんだ?
傷ついたら、血でたら、
自転車乗る事に何の意味があるんだ?
自転車にお金をかけて、時間を割いて、
失敗したらどう責任取るんだ?と。

は?

じゃ、自転車には、乗らないで、
歩いて行って、野垂れ死にするの?
 
いや、「歩く」ならまだいい方だ、
それなら、自転車と歩くを比較して、
リスク回避になるもんな。
しかし、
否定者は、そこに留まろうとする。
そして、動こうとする人たちを非難する。
非難はすれど案は無し。  

このままでいい、今までそれで良かったのだから、
わざわざ大変なことをやらなくてもいいではないか?と

あれ?これ、
正常性バイアスと同じ構図だな。
そして、チーズはどこへいった?と同じ構図じゃん?


人生は、経験だ。
と思う。

身体で体験する
脳で思考する
その二つを組み合わせて行動する

失敗さえも貴重な経験だ。

そういう事を素直に応援したり、実践したり
助け合ったりするのって、人として、当たり前だと思っていたが、
そうでない人が、いるという事に唖然とする。

まあ、それも僕の経験か^_^

しかも、それって会社あるある事項ですよ、
と、
諸先輩から言われて、
なーんだ、普通の事か、

妙に落ち着く。

良かった・・・・・(笑)

確かにね
全員と共感してたら、
それはそれで、気持ち悪いかもしれません。

チャレンジ中の人や、失敗経験のある人は、
それをやろうとしている人や、失敗した人に向かって
絶対に避難したり、馬鹿にしたりはしない。

経験者から、大丈夫だ、頑張れって言われら、勇気が湧いてくるものだね。

2022年5月17日火曜日

世の中、いろんな人がいるという事実を。

世の中は
○○でなければならない病の人 多い。
そして悪い人、悪人ね、
で、こちらが思っている常識の根底が全く異なる人
良心の無い人、そういう人が一定数混じっていいるという事を脳みそがお花畑の人は
認めないんだな。

まぁ、そういうお花畑の人も混じっているのが世の中そのものなんだけど。

ドローン的な視点から見えれば一目瞭然だし、
あるいは、時にはマクロレンズで接近観察とかさ、思考の視点は何ら制限される事は無いのだよ。
制限をしているのは自分自身の概念なのに、あたかも他者のせいにしてしまう人
そういうのも俺からしたら、お花畑の人なんだな。
いや、お花畑ではなくて、枯れ草の荒野って感じで、何もない。

放っておけばいいのだろうが、そういう人は大概は俺のようなちゃらんぽらんな人格
何とか矯正してやろうとか、単に、非難したりする。
べき論を巨大な主語で振りかざす「ベキラー」だ。
こういう人は、本当にあんぽんたんだと思う。

まぁ、一時、僕も、こういう荒野の人に対して、外部から刺激を与えれば変わるかもって思っていた時期がありますが、近年は、人の気持ちは変えられないということをすっかり理解したので、あまり相手にしません。
この人は、どういう人になりたいのだろう?
どういう大人であろうとするのか?
まぁ、どうでもいいですね。まずは私が、俺が、僕が、どうしたいのか?
ということを明確に意識していくしかないでしょう。それが答えです。

2022年3月15日火曜日

PCR検査は○○だよね

 今日、とある方と話をする機会があり、

その方曰く、タイ象さんの仰る通り、最近は、PCR検査を受けたたくない

という方が増えたきたようです、と言っていた。

これ、どういうことかと言うと、

何だかわからないが、PCRを受けると、犯人にされてしまうということで、

ならば、わざわざ受けることも無かろう、という判断をする者が

増えてきたようだとのことで、

彼らは、直感としてそういう行動に出ている模様。

何なら、私が、全員に説明したいところだが、そうもいかない(笑)

ただ、現象、原理として、検査を受ける(続ける)限り

プラス判定が出続けるという当たり前の理屈に、

何となく気づき始めた人が増えたきたようだ、とのことで、

彼には、そのことをもう1年半前から言っていた訳だが、

最初は、半信半疑だった彼も、ちょっとは僕を見る目が変わったのかな?なんて。


3回目もままならない状況で、

4回目のインジェクションを検討している彼らの中には、そももそ1回もインジェクションしてない人がいるという事実に、プチ炎上していることさえ知らない人々もいる。

なぜ急かすのか?なぜみんな打っているというのか?

なぜ、他人のため、とか社会のためとかじじばばのためとか、かっこいい事を言うのか?

耳当たりのいいことを言いながら、急がせるというのは、あれですよ、あれ。


集団催眠商法とか、詐欺師のテクニックです。

みんな人がいいからなぁ。世の中に、悪い人がいないと思っている方が実に多い。

それはそれで素晴らしいことですけども、

僕は、死んだばあちゃんに、都会が怖いところ、悪い人がいるから、

お前はすぐに人を信用するから、気をつけろよ、と言われていたものだから、

それを忠実に守っているんだけども、

世の中は、善意に満ち溢れているので、ね、そういうこともない。

ある意味、そういう人たちのおかげで社会が醸成されている訳だから、

否定するものではないけども、そろそろ気づこうよ、なんてね。


2022年2月19日土曜日

BA.2だとさ^_^

もしかして、
ウィルスの選択圧が作動したのではないか?



騒動は、いつまで経っても終わらない。
検査を辞めなければ終わらない。
検査をし続ける限り、
陽性判定が出て
遺伝子検査をし続ける限り
新しい株が見つかる。

当たり前だのクラッカー

バカでもわかる。

これが分からない人は、バカじゃなくて、なんでしょうねー

ワクチン接種後に、流行のピークを迎えるインフルエンザから推察するに、
今回のワクチン接種も
これ自体が、陽性者発現に作用している可能性もある訳だが、
何しろサンプリング条件がその都度違うので、
データをノンバイアスで比較出来ないというバカさ加減
 
医療分野って全く科学的思考が反映されてないんだな、
という事を
この2年て学んだ。

ある意味、その気付きのきっかけを与えてくれた今回の騒動に感謝する。
ありがとう。
だって、今回の騒動がなければ、こんなこと考えたこともなかったし。

2022年2月15日火曜日

世の中バカなのよ

世の中バカなのよ
よのなか ば かなのよ 〜〜

病床を増設するとさ。

またバカ施策だよ
バカすぎて倒れそうだ。

普通の診療、病院で診られるようにすれば良いだけなのに、
専用の病床を用意だと。

増やして、
減らして、
また、増やす。
一年半前から指摘されていた事を未だにやっている。
これ、企業なら、完全にバカ、アホ、タクランケ
いや、違うか、
楽して補助金もらえるから、
ナイスな施策か。
物事を俯瞰で見ると
誰が儲かるのか、誰が利益を得るのか、
国民の健康の為?
いえいえ、違うでしょう。

現場が疲弊していく事を
2020年の春には警告していた医師らがいたのに。
(未来投資会議 大木発言)

やっぱり、こういった構図に違和感を感じない我々大人たちが、
バカなのです。
早いとこバカスパイラルから、脱出しないと
全身の細胞が、バカ細胞になってしまう。

また、3回目を接種するという方に会った。

無理検査キットの申し込みあるよ!と、親切に情報を送って来る人がいた。

もう、本当に笑うしか無い。
皆さん、真面目で素直でいい人なのです。

何というのでしょうか
バカ空間を設定されてしまい、バカゲームプレイを知らず知らずにさせられている。

これさえ打てば、
貴方と周りは幸せになります。
みんなやってます。
無料です。
打ちましょう!

と、言われて
打っちゃう方々。

なんともなぁ、と思う。
せめて、若者や、子供らは打つ必要無いと、
大人が言わないとな。

オミクロン舐めんなよ

オミクロン 舐めんなよ


オミクロンへの対処は、もはや風邪と同様でしかない

と、私が言うと、

いやしかし、

「オミクロンを侮ってはいけない」とか

「警鐘を鳴らしている方がいる」とか。


テレビでは、そういう方が一定数出演されており、

私の言うことなど、まったく相手にされない訳だが、

私から言わせてもらえば、

それを言うなら「風邪を侮ってはならない」

「風邪をバカにすんなよ」ということ、

風邪を舐めんなよ!と

そっくり返したい。


所詮は、

人それぞれの症状や経過や問診でしかない訳で、

仮に、DNA検査でオミクロンだと認定したとして、

どうだというのだろう?

統計目的や臨床医学としているなら理解できなくも無いが

治療には関係ないだろう。


事実、私の知る情報では、一般的な風邪薬を処方されている人や、

発熱に関しては、ロキソ系の解熱剤を処方されている人もいる。

保健所の指示も、明らかにリアルタイム性を損なっており、

気の毒な状況だ。


そもそも風邪とは何なのか?

という事を、知らないのか無視しているのか。


風邪という病気は無いはずだ。

病態はあるけども。

で、

オミクロンと風邪を区別することに

どれほど意味があるのか、説明できるのだろうか?


風邪とは、ウィキなどによれば、

ウィルス性感染症で、主に上気道、咽頭に感染・炎症を引き起こす

疾患なわけでしょう?


オミクロンかどうかは関係無く、症状と問診で診断するしかないじゃないの?

素人は思う訳ですよ。

さて、医師はどうなんでしょうねぇ。


僕が子供の頃、風邪を予防する薬が開発されたら、ノーベル賞ものだ、

なんて揶揄があった。でも、それを開発したら、

薬が売れなくなるから、それはあり得ない、という揶揄もあった。


さてと、

テレビに出ている医師さんたちには、是非、

そこんとこ、説明してもらいたいですね。


2022年2月14日月曜日

≪Yahoo!アンケート≫コロナの位置付け「5類」に下げるべき?

ヤフーのアンケート


ヤフーを見てる人の中で、この騒動の5類、2類相当について知見と興味がある人らにとっては、5類に下げるべきという方は、82%もいるということ

これが、市井となった場合にどうなのか?というのはまた別だが、
まぁ、一定の認知はされていると思われる。

こんなもの、2020年の夏には、もう、この議論はあったろうに、
なかなか進まないのは、5類にすることで、不利益を被る圧倒的な勢力があるということを自動的に証明しているわけです。
それは国民の健康や経済や医療システムを逼迫させてまでも、そうしたいのですから、もはや、政治家や国家運営やらが、破綻していることを意味しています。

上が決めたから、
とか
上が決めてくれ
とか
そういう無責任な考えの人が増えてしまったのがいけないのだろう。
要するに、私たちの馬鹿さ加減を私たち自身が、自覚して行動しなければならないということだよね。


このアンケートに答えている人が、選挙の投票人の3割くらいの勢力だったら、
結構な影響力を発揮することになるのだけれどねぇ。



 

2022年2月7日月曜日

こういうのは富岳の有効活用とは言わないと思う。

 富岳についての過去コメント
2020年の10月
https://mtyg.blogspot.com/2020/10/blog-post_18.html

これぞ富岳という実験を見てみたいものだ。
例えばね、普通のPCで、1年かかるような計算を1msecで完了したとかさ。(笑)

PDFを見ましたけど、テキストコピーできないので、ざっと打ちました。


理研/神戸大の今回のテーマの責任者、坪倉先生は
計算流体力学の専門家ですね。
で、
「室内環境におけるウィルス飛沫感染の予測とその対策」
としております。
(京大、神大、阪大、豊橋技大、東工大、九大、
NUS(シンガポール国立大学)、鹿島、ダイキンの順で記載されております

・通常呼吸における吸引飛沫量をシミュレーション予測
・飛沫中のウィルス量は過去文献より仮定し、体内に侵入するウィルス量Nを算出
感染に至るウィルス量(No)を過去クラスターイベントより仮定して、
感染確率を推定(文献※→これは未査読のこれまた、推定の論文ですけどね)
で、
5つのイベント
(中国観光バス*2 、韓国エアロビ、韓国コールセンター、米聖歌隊)
から、N0のウィルス量つぃて、300~2000としております。

また、感染者の飛沫に含まれるウィルス数を10の7乗/mlとし、これは
「患者によって大きく異なる!」とビックリマーク付きで注意しております。
(感染者以外の健康状態と抗体量などは未定義だと思われます)

そして、オミクロンはデルタよりも1.5倍の感染力として概算したと記載。
感染しない確率(N0=900時)をグラフ化。
これ、「感染する確率」としないところは何かの意図があるのだろうか?

他にもいろいろあるのですが、もう、
このチーム、坪倉先生らは良心的ですね。
何故かって?
「感染リスクについては、パラメータの設定で大きく結果は変わるので、あくまでも参考値としてください!」
と言っております。
この方、研究者として、ギリギリを言っております。
分かってくれよぉーという感じでしょうか。

このリポートのP5、P6、P10あたりで、十分ではないでしょうか。
シミュレーションとは仮説に仮説を掛け合わせたものなので、
それらを彼らはしっかりと認知していることがわかります。
とすれば、さもこれでどうだ!という論調で報じているマスコミが
バカなのは言うまでもありません。もっと言うと
記者かライターがバカ(バカな振りしても)決定です。
もちろん、それに釣られる私たちもバカ決定!(笑)

でですね、このリポート見てて、これ、富岳を使う必要ないですね。全然。

シミュレーションの一番のキモは、本当にそうなるのか?という実証実験です。
それがあって、初めてその計算方法が正しいとかおかしいとか議論に入ることができます。
今の段階で、富岳のシミュレーションについては問題の定義どまりといったところですかねぇ

坪倉先生にしてみれば、あとは、誰か専門家が実証実験をしてくださいよ、といったところでしょうかね。

発症者の発散ウィルス量を可変させ、非発症者の免疫力の複数パラメータを可変させ、
何億通りのパターンで、可視化しました。とかね。その場合は、
そもそも見せ方が、複数パラメータがるので、二軸と着色くらいじゃ追いつかないので、
新しい表現方法が必要で、そう言ったセンスも求められると思う。

まぁ、それにしてもだ、富岳を使う必要性はなさそうですなぁ。
過去記事にも記載しましたが、
理研が中心になって開発している
ジェネシスという分子動力学ソフトウェアでのタンパク質の動的構造予測につかっているとか
そういうところが良いのではないかと思う次第。
社会貢献を張り切ってやっても、奇妙なポーズ、気の毒な感じが拭えないんだよね。

2022年2月6日日曜日

休みの日は、ドラマを見たり。

ミステリというなかれ、というドラマと
妻、小学生になる。というドラマ

面白いかったので、録画して観ている。
菅田将暉という俳優さんはすごく良いなぁ、なんてみんな思っているよね。
伊藤沙織も、すごく良いねぇ。
主人公の着眼点は、本当に参考になる。
大人になればなるほど、俯瞰視点が重要になるのだけど、
それを気づかされるドラマですね。

TBSの金曜夜のドラマ
妻、小学生になる。の小学生が、天才なので、見てて
毎回引き込まれる。
本当に石田さんに見えてくるのだから、天才だろう。
この小学生?は本当にすごい。
今、調べたら、まいだ のの さんというのだそうだ。
すごい子がいるものだ。
このドラマのエンディングが悲しいことになる感じがして、
すでに、もう、見るのが怖くなってきている私。
ヘタレですね。(笑)

2022年2月5日土曜日

いろんな人と話をしますけども

「わざわざ」無料PCRを受けた人

ワクチンを「早々に」打った人、

三回目を「早々に」予約した人、

そういう方を数人知っております。

私の知っているその方たちに共通しているのは、皆さん、感情で生きている。
そして、物事を多角的に見ることが苦手。
そして、これまた、共通なのは、実は小心者。
「実は」というのがみそで、僕は自ら小心者であることを公言してますし、
相手に対して、ごり押ししたりするの苦手なんですけど、
この方達、相手をやり込める際に感情を露わにして、いわゆる攻撃型なのです。
もちろん、自分が正しい、こうでなければならない、
それ以外は受け入れなれない、
という頑固な側面を持っている方もいらっしゃいます。
以前に、
「日本語としては理解できるが、自分に落とし込むことが出来ない」
と私に言っていました。

プライドがものすごく大きく、そして承認欲求が強く、さらに、他責思考。
こう書くと、ほんと酷い感じですけど、そういう人、一定数いますよね。
この方達は実は流行にも敏感というか、そういう側面もありました。

世の中の空気を構成している人たちは、いろんな考え方を持っているわけで、
それ自体を否定するわけではありませんが、
彼らとは相容れないなぁ、と思ったり。

その中の一人、
今年に入って、僕が、ワクチンを打つ合理的/科学的な理由はもはや無いこと、
それにまつわる科学論文のリンクと記事のリンク、厚労省の不具合報告の件などをまとめたものを配ったら、
「これは、ワクチンを打つなということと同意だから不適切だ」とクレームが入りました。
僕は、「ご指摘いただきありがとうございます」として、
その部分はバッサリ削除して、再度配布しました。

そんなことがありましたね。

子供は風邪の子だよね?

「子供らにマスクをつける事を、知事らが厚労省に要請」との記事を知りました。
小さな子らに、マスクが必要なのでしょうか?にわかには信じられません。

科学的、医学的な見地で、本当にそれが必須なのかを議論した形跡は、見つかりませんでした。もし、国民の社会生活の為だとするならば、もしかして、どこか一部だけに注目し、全体を捉えていないのではないか?と感じてしまいます。

知事個人の意見は、多様ですし、それぞれを否定はしませんが、大切な事は議論を深める事ではないでしょうか?
本当に、知事らは、子どもらにマスクしろと言うのでしょうか。
信じられません。

大概の問題は、指定感染症における分類を第五類へシフトし、通常の診療として、14、10日間隔離を撤廃することで、改善します。
そして、PCRとか抗原検査とかやめるのです。
何故こんな単純な事が、議論が進まないのか不思議です。

本質は、「分類ではなく、柔軟に対応することだ」とする説もありますが、
世の中の大半の方は、奇妙な安心と恐怖に浸ることに心地よささえ覚えいているようなこの奇妙なムード。すでに保健所や各機関はグニャグニャにして2年間もこねくり回しているのですから、それが本質ではありません。
煽りの報道の原動力は指定感染症法における分類がです。
よって、本質は、やはり、分類の変更です。

もしかして、
世の中には、良心を持たない奴らがいることを定説とするならば、やはり、5類にすることを阻害している勢力がいるのかもしれません。
もっとも、その勢力からしたら、怖い怖い、大変だ大変だと「楽しんで」いるのは、お前らだろう?お前らのニーズに応えてやってるじゃないか?とか。

確かに、最近会う方たち、
なんとなく怖い→ウィルス
罹患→かなり怖い→社会的制限→他人に迷惑かける
なんとなく安心→ワクチン→マスク、アルコール、モク食、ディスタンス、時短、酒類制限 など、皆さん口々に言います。
近々3回目を打ちますという方3人に会いました。
皆さん、そのほうが安心だというのです。

もう、いいですよね、それで。
だって、自分で決めて、その方が安心だというのですから。
やはり、そういう方が多数てあり、もしかしたら、台風来た時の「祭り感」と同じように、「コロナ祭り感」をこの人たちが望んで、そこに留まっているのではないか?とさえ感じるのです。
彼らは、必ず、最初の挨拶の後に、まるで、天気や気温の話をするような口調で、自分から、ワクチンの話を始めます。そして、「3回目を打ちますよ」と自身満々で、言ってきます。
僕が、「実は私、まだ、打ってないんてすよ」というと皆さん、椅子から落ちそうになるくらい驚きます。^_^

もしかしたら、こういった方々が大多数なのだろうと、痛感した次第です。
つくづく思った近々でした。

57にしてTATSURO YAMASHITA

 いろんなキッカケで、竹内まりやのプラスティック・ラブを度々聴く機会があり、 なんならiPhoneにDLしたりして。 で、動画のセットリストとかを見てたら、あら、達郎さんが度々出てきて あれ?俺、結構達郎好きだね、って気づく。 この歳にして、達郎のカッコ良さにしびれる。 ギターも...