2025年9月3日水曜日

退職まであと一か月

 さて、いよいよ退職まで一か月となった。

何人の人から、急にとか
突然すぎるとか、言ってくれれば、とか
「奇妙」なことを言われる。

そりゃ、初めて発表されるのだから急なのは当たり前。

自分の決めごとに、誰かに相談するというのは、
今回の場合はあり得なかった。
思えば、自分の事って、誰かの影響は受けたとしても
誰かに相談はしてこなかったと思う。

結局決めるのは自分でしょ?


だって、この場に対して
「お呼びでない」こらまった失礼しましたっ!
って思ってしまったし、事実わざわざ人格否定されるようなことに
それを容認したりすることは、僕自身あまりにも気持ち悪すぎたし、
味方もいないし。

僕がこれまで言ってきたことが、なかなか伝わらない
伝わらないばかりか、何言ってんの?って言われたときには
僕自身、はっとさせられた。

あら?俺だけ外れたことを言っているんだ。

みんな正論を言っている。ど正論を言っている。
それを理解したうえで、
こういう視点でこういう解釈をすれば、こういうことも必要だと判断したとかね、
そんな話は全く通じないことが分かった。

ああ、
そうか、およ、およ、お呼びでない・・・・(笑)
植木等みたいに、こらまった しっつれいしやした!と。


ルールってのは、単なる「定規」でしかない、
そこに書かれてるメモリや単位や数え方は、その時の状況によって変えてもいいのだ。

ポイントは、なぜそうしたのか、そうした方が、どれくらいこんな良いことがあったぞ、とかそういう効果を狙っているとか、あったとか
だから、今回はこうしたのだ、という構造が可視化されてさえいればいいのだ。

実に簡単かつ合理的。
定規は固定ではないのだ。
別に命に係わることじゃなし、それを守らないことを咎めたり、そのことを糾弾したり
それをしないことを、まるでダメ人間みたいな言いがかりをつけるなんて、まったくどうかしている。と思う。

ま、そんな場所ってもう、僕の居場所はないし、
ここに留まる価値ってなんなの?って。

自分を削って、自分の価値を棄損しながら、給料もらって我慢料?いやいや、それはない。
そんな精神がおかしくなるような感覚で働くのはどうかしている。

「逃げろー!」

2025年8月29日金曜日

これは逃げか?

 そういう風に言われることがある。
一方、例えば学校で死ぬほど行きたくないとか
で、
それで、
本当に命を絶ってしまうひとがいたり。
そういうのを聞くと、ぼくはこう思うんだ。
だったら、そこまでそう思うんだったら、逃げればよかったのにな。って。

逃げることは別に悪いことではない。
一旦考え直すこともできるし、他のことにめを向けることもできる。

自分の信念を曲げて、曲げて、
一方的に酷いことを言われ、言われ
それは、僕はその場から離れるという選択をすることを学んでいる。

それは、基地外と対峙するときと同じだ。
要するに、こちらの命を削るような状況においては、
その場から離れる、そういう選択を僕はする。

それでいいのだ。
「逃げるのか!!」
と言われても関係ないのだ。
僕はこの場から去るのみ。次の場では、今回の経験を使って再度チャレンジすればいい。

ここにチーズはもうないんだ。
さて、チーズを探しに行こう。ただそれだけだ。

昨日と同じことを今日もやる。
やれることをやるだけだ、なんてことを経営者が言っているようでは
その組織は成長しない。やれることをやるのは当たり前なんだよ。
やれないことを、いままでよりも難しい仕事をどうやってとってきて
どうやってチャレンジするのか?

え?まだそこにいんの?
僕は次のステージに進みますけど。


2025年8月23日土曜日

あれ?おかしいのは俺か?

 あれー?話が通じないなぁ

あれー?俺だけ違うこと言っている!?

あれー?みんなしょーもないところに引っかかってる!!

ここでふと思うわけです。
この組織において、「俺が ガンなんじゃないか!」
そうか、俺がおかしかったんだ。


・違うビジネスモデルを考えよう。
・災い転じて、新しい構造を作ろうとか
・営業支援を積極的にやろうとか

今までにやったことをないことをやろうとするのは確かにハードルあるけどさ、
やってみりゃいいじゃん?ってねぇ。
ところが、どうやらそんなこと、みんな理解してくれていると思ったら
俺しか言ってなかった(笑)

ルールを守ってないことが問題だ?
そのルールを守ることで、誰かが得をするのか、何かが進展するのか、
効果や価値があるならいいけど、単なるルール、目印みたいなものを
守ることに僕は何の価値感じないし、それを守ることは最低順位でいいとさえ思っている。すべてのことを完結するのが目的ではないんだな。
進めたいもの、ことが最大効果を出しながら進んでいるのかどうか、
そのために、どんな行動ができるのか?それだよ、それ。

ルールは一定の秩序を維持するための寄りどころではあるが、
実務上はそこにいるメンバーで、最適化を図ってもいいという解釈。それが
多くの人は持ち合わせていないんだな。

さて、社長に辞任を伝えたら

 意外とびっくりしてなかった。

が、あとですごくびっくりしたらしいことを人づてに聞く。


僕の立場とこれまでの歩み

これまで何度も「ライフ」※(ゲームの「ライフ」のことね)を賭けて進言したり、精神を削るような出来事に向き合ってきたつもりでした。けれど、相手は特に気にしてもいないし、覚えてもいないようでした。 まぁ、立場が違えば仕方ないことではありますが、提案や説明を重ねても理解されず、はしごを外されたり、背後から刺されたような経験もありました。


驚いたのは、これはもう少し前のことですが、ある人から、
「あなたは、社長に弱みでも握られているのか?」と言われたことがありました。
え?ほんとにそう思う?違うよ、サポートするのが私の役目、役割ですからね。
でもそう言われたのは、そう見える、ということであり、それはそれで問題なのだなぁと
今となっては思います。


感度が高ければ、この半年の僕の言動は「仕事を手放すための手順」だったと気づけたはずです。 とはいえ、わざわざ匂わせることもせず、僕自身は仕事に対してモチベーションを保っていました。お客様がいれば、当然全力で向き合います。だから、僕が退職を考えているなんて、誰も思わないでしょう。

僕は「どうせ辞めるんだから」といった投げやりな考え方ができない性質です。 目の前のお客様との関係性を大切にし、満足や利益を最大化することで僕らの価値が上がる。そういうマインドが根底にあるからこそ、会社を辞めるかどうかに関係なく、ライフが減ろうが無かろうが、やるべきことはやる。それが僕のスタンスです。


理解できない「感覚」

でも中には、「どうせダメだから」「テキトーにやっても変わらない」と言う人もいます。彼と話すと、本当に理解できないことばかりで、正直疲れます。 本心は違うのかもしれませんが、そういう言葉や態度を表に出してしまう「感覚」が僕には理解できない。 世の中は、そういう人の言動を飲み込んだり中和したりしながら動いているのかもしれません。ネットの世界でも、一部のしょーもないコメントがフューチャーされて、それが全体のように見えてしまうことがあります。そういう人は、全体の1割くらいでしょうか。

彼らは会社や個人、組織に文句を言うけれど、自分では何もやらない。 「それを決めるのは私ではない」と評論家気取りで、上から目線。安全な位置に身を置いて、批判や糾弾を繰り返すだけ。何も生まれないのに。まるでマスコミのようです。

意見を言うときも、「私はこう思う」ではなく、「みんなそう」「普通はこう」「こうあるべき」と言う。自分の背景を含めた考えを表明することはありません。

昔は、そういう人を軽蔑していました。関わりたくもなかった。 でも仕事だから関わることもある。だから「しょーもないやつだなぁ」と思っていました。 今は、そういう感情を通り越して「気の毒な人だな」と思います。 そういう考え方で生きていくことを本人が選んでいるのだから、僕がとやかく言うことではありません。 それが気持ちいいんでしょう。脳の報酬系が成立しているのだから、脳内物質の使い方としてはもったいないなぁと感じます。


人間性と組織の限界

業務の手順やテクニックは、時間をかければ実装できます。 でも、気質やキャラ、育った環境、人間性に起因する要素は、会社に入ってもほとんど変わりません。 他者から変えようとすることの無駄さといったら…(笑)

だからこそ、面接では価値観の一致が重要です。 でも、それを2回の面接で見抜くのは至難の業。だから余力のある企業はインターンシップを導入しているんです。


社長との関係と気づき

僕は、社長の考えを変えようとは思っていませんでした。 むしろ「社長の考えはこういうことですよね?」「ビジョンにも合致していますよね?」というストーリーを描いてきました。 でも、気づけばそれを言っているのは僕だけでした。

社長の意地悪な感情が見え隠れし、それに呼応するように意地悪な態度をとるメンバーたち。 社長を守っていたはずなのに、いつの間にか僕が悪者になっていました。 変えようとしているのは僕だけで、僕が言うからやらせているだけ。 社長自身は「変える必要はない」と思っている。 そんなふうに社長のことを、みんなが思っていることに気づきました。 つまり、社長の本気度が見抜かれていたんです。


自立と限界

「とはいえ、自分たちで何とかやっていきましょう。社長は安心して見ていてください」 そんな自立した考えを、メンバー全員に浸透させることはできませんでした。 若いメンバー(僕が直接上司だった子たち)はそういう考えを持っていましたが、 それ以外のメンバーは、上の人が決めたことをただ遂行するだけ。まるで奴隷のような体質が染み込んでいました。

だから、社長にはアップデートが必要だと、数年間ずっと言い続けてきました。 でも、通じない。本当に通じない。事業についても、ずいぶん説明しました。

それでも通じなかったということは、もしかしたら僕がおかしかったのかもしれません。






2025年8月16日土曜日

57にしてTATSURO YAMASHITA

 いろんなキッカケで、竹内まりやのプラスティック・ラブを度々聴く機会があり、
なんならiPhoneにDLしたりして。
で、動画のセットリストとかを見てたら、あら、達郎さんが度々出てきて
あれ?俺、結構達郎好きだね、って気づく。
この歳にして、達郎のカッコ良さにしびれる。
ギターもボーカルも素晴らしい。
そんなことは世の中の人は知っているんでしょうけど、今頃、納得。
スパークルっていう曲がカッコいい。
んなこんなで、CDを二枚購入
「FOR YOU」
「Come Along 2」




カムアロング2は小林克也さんのDJが入るんですよね。
こんなナイスなCDがあったなんて!ラジオを聴いている感じで

自動車用品店

もしかして、 ここだけデトロイトなのかもしれない。 いや、実際に、日本の自動車産業は 昔の以前の日本車勢力に押されて衰退したデトロイトと同じく 斜陽産業化しているのでは?と思わせる。 クオーツ時計が普及して スイスの時計ブランドが瀕死になった時と同じように。 ただ、いずれも技術革...